何気なく加入している保険。年に一度、または数年に一度の更新時にしか意識することがなく、しかも、前年と同様で、、。まるで遠距離恋愛のカップルのように繋がっているのではあるが、遠い存在の保険。
一体保険とは何者なのか?
本日はそんな保険を少しでも身近に感じられるよう考えてみた。
1,資本主義の世界
2,欲しいものではないが必要な支払い
3,保険とは?
1,資本主義の世界
まず最初に、私たちが生きている世界では、お金が必要になってくる場面が殆どで、何かを手に入れるたび、引き換えにお支払いすることが通常運行となっている。
当然のことなのだが、例えば家を購入する。車を購入する。食べ物を購入する。衣類を購入する。等々、生きていくために必要なもの何かを手に入れるたびに、苦労して稼いできたお金を支払っている。
必要な物以外にも、この世界には必要ないものまで売り出されていて、しかし必要ないと頭では理解していても、いつの間にか、誰かや何かに購買意欲を駆り立てられ、その必要ないものまでに手を伸ばし、大事なお金を支払い、気がついたら金欠という影が背後に立っている経験もしばしば。
何が必要で、何が不要なのか判断するには情報が多すぎるこの社会。
その中でも何となく必要なんだろうと、分かっているようで本当はよく分かっていない税金や、保険。
この資本主義世界では、そういった分かっているようで、本当はよく分からないものを購入し、無駄にお金を支払っている方もいれば、賢く理解し無駄な出費を抑えている方もいる。
2,欲しいものではないが必要な支払い
ただただひっそりと生きているだけなのに、生きているだけで発生する住民税。少しでも多く働いてお金を貯めたいのに、働いたらいて稼いだ分だけ発生する所得税。この世の謎である。
しかし、そんな謎の税金は国や政府がしっかり管理し、国民のためにインフラを整えたり、公共工事を行ったり、健康保険や、防衛費に使っているのでご安心して頂きたい。
と願いたい、、、。
国や政府を信用しきって税金を支払っているのだが、もしかしたら私たちが思っている方向とは違うところに税金が使われていたり、、と考えると恐ろしい話である。なので、自分自身で税金について考える必要がある。
そして、それと同様の問題が保険である。
保険というものは如何せん商品が目に見えないため、何を買っているのか謎が深まるばかりである。
謎が深まりすぎて、迷宮入りし、挙句の果てには買わされているんだ!と思い込む方も少なくない。そんな保険契約者に保険会社が口を揃えて言うことが『保険はお守り』である。
保険はお守り、、、。
保険の仕事を始めたての頃の私は、この意味不明な言葉のおかげで、迷宮に迷い込んでる上に目隠しまでされていた気分だった。
しかし年月が過ぎ、ある程度保険の仕事が熟せるようになった今、『保険はお守り』の意味は、、、、
、、、さらに深まるばかりだ。
断言するが『保険はお守り』ではなく、保険は保険である。
曖昧な言葉で保険というものを濁し、『保険はお守り』という意味不明な言葉で片付け、一般の方が保険について考える機会を奪っているようにさえ思える。税金に近い闇を感じる。
保険も税金と同様、自分自身で考えることが必要だ。保険について考えないまま契約すると、毎月毎月保険料が知らず知らずのうちに引き落としされていて、気が付いたらまたもや金欠という影が背後に立っている。
これは俗に言う本末転倒だ。
例えば、保険の『ほ』の字を知らずに自分の将来の『お守り』と思い込んでいる保険を、盲目的にあれやこれやと契約し、気が付いたら毎月の保険料が10万円を超えていた、、、。と、いった方も珍しくないだろう。何のための保険なのか忘れてしまい自爆している。これを保険自爆とでも言おう。
この世の中はそういった税金や保険といった、目に見えなく、よく分からない支払いや商品があふれているが、全部が不要で闇なものではない。単純に私たちの知識不足なだけだ。
保険で言わせれば、販売者側は購入者の為に良かれと思って中身が濃い商品を提供している。
それを購入者は訳もわからず、『中身が濃いに越したことはない。』と思い込み高い保険料を支払い、さらにそこに付け込むように、販売者側は高い保険料の商品を売りこみ、、、。と、悪循環が蔓延し価格の温暖化が始まる。こういった価格の温暖化は保険だけに限った話ではない。
要は物を買うときは知識がないと損しがちである。
かといって、不要なものではないので困ったものだ。
以上のように、この世界は自身が欲しいものではないが、必要な支払いも混在している。
目に見えものへの支払いコントロールが容易に出来るが、税金や保険は見えにくいものなのでコントロールするには少しばかりの知識が必要になってくる。
3,保険とは?
ただ、保険は思ったより単純で難しいものではない。そのうえ、目に見えないからと言って謎なものでもないし、闇が深いものでもない。
保険は何かあった時の為に、備えておく貯金的な役割を果たす制度である。だが、貯金とも少し違う。
どちらかと言えば、将来、もしくは未来に起こりうる可能性がある事故や事柄を想定し、その不運に賭けるものである。
ギャンブルと言えば、お金を増やしてくワクワクするようなイメージだが、
保険の場合は、万が一の場合の不運に見舞われた時に、お金がマイナスにならないように穴埋めするイメージである。
さらに保険会社が想定している万が一の場合は、結構な額の出費があることが多い。
ここでは保険の中でも有名な自動車保険を取り上げ進めていこう。
例えば、車を運転していて交通事故が起こったら相手への賠償責任が発生する。保険で言う賠償とは、相手の怪我への『対人賠償』。相手の財物への『対物賠償』がある。
事故で相手を怪我させて、相手のものを壊した場合は、対人賠償、対物賠償の二つが発生し、相手は怪我はなかったが、相手の車が損害を被った場合は、対物賠償のみが発生することになる。
ここ最近は車の部品や塗装材料が値上がりしているので、対物賠償だけでも多額の金銭を支払わなければいけなくなる。
さらに相手がケガしていたら、ケガの治療費や治療の為に仕事を休んだ分の休業損害。後遺症が残ったら、相手が亡くなってしまったら、、、。不運が重なれば、お金がいくらあっても足りなくなってくる。
相手のことばかり気にしていたが、自分も怪我をしているし、自車はローンが終わっていないのにエアバックまで出ている、、。
、、、世界の終わりが見えてきた。
そのような不測な事態の時の金銭を自分の貯金から出すのは到底不可能だ。
ここで登場するのが保険なのである。実際に起こりうることをイメージすると、なんだか保険の存在が怪獣を倒すために現れたヒーローのように感じてきた。
要は保険とは、遠距離恋愛的な存在ではないし、深い闇があるわけでもなく、私たちを窮地から救ってくれるお助けマン的な存在である。
最近は映画や読書はネットでサブスクリプション登録さえすれば、いつでも何処でも閲覧することができるが、保険も仕組み的に似ていて、保険料を支払い保険のサブスクリプション登録をして置けば、いつでも保険お助けマンを召喚することができる。ということだ。
ふたを開けてみれば、保険とはこんなにも単純なシステムなのだ。
では、何故こんなにも保険は敬遠されるのか?
それは保険というシステムではなく、保険用語がガチガチに凝り固まった肩のような用語であること。コンプライアンスや、ルール。人間の体と同じように内側にある、保険金額の支払い方法や、回路が複雑と言うことを感じているからであろう、と思う。
確かに内側は複雑ではあるが、少しづつ知識をつければ、こんなにもぼんやりとした私でも理解できるのだから、大半の人には保険を理解することは朝飯前の話だろう。
まずは保険のイメージを遠距離恋愛の相手から、保険お助けマンへと変換することから始めれば、保険への理解は深まりやすくなり、そして必要な保険と無駄な保険の区別ができ、さらにこの資本主義の世界で無駄な出費を減らすことができるだろう。